無月夜烏逢魔譚 (お侍extra 習作30)

          〜千紫万紅、柳緑花紅 口絵もどき

 


          




 さて。

 この一団、近隣の農村へと同じようなちょっかいをかけては、婚礼用の豪華な装飾品をくすねたり、若い娘御を攫ったりしていた小悪党であり、お見事に捕まえて下さったお侍様の助言、州廻りのお役人へ引き渡しなさいとの指示へと従うことになるのだが。

 弥太とかいった男が、渡りをつけた鍛冶屋の若造から訊いた“今宵の贄は金髪美人だ”という話は、現にご当人の…いつものアレではない いで立ちからしても判るように、決して出鱈目だった訳ではなくて。当初の段取りで、贄の身代わりにという白羽の矢が立ったは…男の中にあっても上背のある勘兵衛の方ではなく。刀を振り回しさえしなければ、じっと大人しくしておれば、まま女性に見えんこともないから誤魔化せようぞと、全会一致で久蔵の方へと決定したものの、
『まあまあまあvv』
 絹地への繊細な縫い取り刺繍がなかなかに手の込んだ純白の衣装といい、それは瀟洒で豪華な装飾品の数々といい…をその身にまとったその上で。綺羅らかなそれらを本人の美貌にて易々と屈させたほどもの、清楚ながらも静謐な落ち着きと風格のある、そりゃあ麗しい“花嫁御寮”であったのに。惚れ惚れと見守る女衆の前にて、せっかく着せた衣装を鬱陶しそうに脱ごうとし、背中に二十近くもボタンが並んでいるのだと気づくや、脱ぐのは諦めたが、裾へ刀の刃先を入れようとしたものだから、
『お、お侍様、お止め下さいまし〜〜〜。』
 長老のところの嫁が泣き出さんばかりの声を上げ、部屋の外にて待っていた男衆たちが飛び込めば、
『それは代々の嫁や娘に着せることとなっております由緒ある衣装、損ねられては困ります。』
 と、嫁御殿に泣きつかれていた彼だったりし。だが、
『動きにくい。』
 こっちもこっちで、忍耐力はあるのだが、こういう方面への…意に添わぬことへの我慢が利かない融通のなさがもろに露呈し、窮屈な衣装が気に入らないとむずがる久蔵へ、

  『これでは斬れぬ。』
  『お主は櫃の中で大人しゅうしておれ。』
  『…。
(否)
  『久蔵。』
  『そもそも修羅場になったら、どうあっても返り血で汚れまくり…。』

 珍しく長く話すとこれだからと、勘兵衛が大きな掌にて口を塞いで、さて。
『相判った。』
 どうしても譲らぬというなら、こうしようではないかと差し向かいにての談判になった。櫃には入らんでいいが、但し…と出した妥協案が、

  ――― 相手は絶対に切らぬこと、峰打ちとすること、だったのだけれども。

『…お侍様。それだと、櫃に収まるのなら斬ってもええということになんねだか?』
『大丈夫だ、こやつが外へと飛び出す前に、儂が全て平らげれば問題はない。』
 何なら櫃の蓋へはクギを打っておこうかなどと、結構非情なことまでこそりと言い立てた勘兵衛だったのは、彼の右腕の回復の度合いがまだ微妙に完全ではなかったからと、もう一つ。
『〜〜〜。』
 憤懣やる方なしというよなお顔になっていても、その痩躯へと張り付くように沿ったアオザイのような上躯部分と、やはりスリムなシルエットながらも下肢の方はふわり柔らかな優しいラインで構成された、いかにも清楚で可憐な花嫁衣装が…男であると重々判っている久蔵のその風貌へ妙に映えていたことへ、ついつい気を飲まれたせいだったのかも。
(おいおい) そして、
『………。』
 やるせない吐息を一つつき、彼が出した答えが、なんと。

  『…。
(頷)
  『………え?』

 悪党へそんな加減なぞしてやる必要はないと、絶対に飲まぬと思っていたらば、案外あっさり飲んだ彼で。しかも、そんなすったもんだをしていたのが、出立寸前という微妙な暇。もうもう着替えている猶予はないからと、已なくの…久蔵は着せられた白い衣装のまんまでの、本来は勘兵衛が立つはずだった大外からの監視と急襲役を請け負うこととなり、肝心要の櫃の中には………。


「成程、櫃を大きいのへと取り替えて、運ぶ係も大柄な男衆を取り揃え。少しでも贄が大柄な男だという違和感を相殺させんという細工をして、コトを運んだ訳ですか。」
 この一件の話をとせがまれて、それでと語ったところ。ご苦労なさったんですねと感心しはした七郎次だったものの、
「そりゃあまあ、例えば…野伏せり崩れへの対策本部辺りへ勘兵衛様が嫁に行ったなら、名軍師が来たぞと喜ばれもしましょうが。」
 やはりと言うか何と言うか、
「久蔵殿が化けた、これこれこんなな花嫁御寮が来るという先触れがあって、なのに蓋を開けたら顎鬚たくわえた勘兵衛様だったとなれば。そりゃあ…意表を衝くにも程がありまくりだったことでしょうな。」
 そういう…御主へはちょいと失礼でありながらも、無難な反応を示して見せたのも頷ける話。なので、

  “おまけの話は語らぬ方が花かも知れぬな。”

 久々に訪のうた、ここは蛍屋の客間の一室。瀟洒な中庭を眺めながら、宵も更けての一献を、元主従で静かに傾け合ってたその後ろ。次の間に延べられた衾にて、早々と寝息を立ててた“敵前逃亡した花嫁さん”へ、こっそりと苦笑した勘兵衛様だったのは…。





  * * *



  「…。」
  「どうした?」

 熨した一味を縛り上げ、いつもの如く“仕儀終了”を知らせるべく、のろしの合図を打ち上げて。打って変わっての森閑の中、静まり返った祀所の祭壇とやらに留まって、村からの迎えを待っていたその間のこと。
「…。」
 篝火を浴びては光の粒がチラチラと、鎖の角度のいちいちへと煌めく、何連だかの銀の飾り鎖を首から提げている他は、腰には太刀を佩きの、その太刀を操るがための手ぶくろをしのと、常のいで立ちとは何ら変わらないでいた、元・惣領殿であったのに。むしろ…真っ赤ではなくの純白で、スリットが入っていない分の余剰がふわりと裾にやや広がりを持たせている、明らかに女性の、しかも婚礼用の衣紋を着ている久蔵の方が、常と違い過ぎる恰好をしているのにも関わらず。そんな彼の側からこそ、虜囚となってしまった周囲の方々には、そうだというのがなかなかに判りにくかったことだろが…何やら興味深そうな面持ちにてまじまじと眺めやられていたものだから、いつにないこと、何だか落ち着けぬ勘兵衛殿だったりし。時折小首を傾げまでして矯つ眇めつ、人を眺め回したその末に、
「…。」
 櫃の傍らに落ちていた紗のかつぎに気がついて、それをわざわざ拾い上げる彼であり。縁まわりへのレースの縫い取りも華やかな、結構な大きさのその裾の余りを、指先から垂らして捧げ持つと、じっと…何やら思い詰めたように見下ろしていたかと思えば、
「…久蔵?」
 呼ばれてついと顔を上げた赤い眸の君、
「島田。」
 何やら固い声を出してから、おもむろに言ったのが、

  「誰にもやらぬからな。」
  「?」

 自分よりも心持ち上背のある相手の顔と、自分の手元とへ、焦燥の滲んだ視線を何度か行き来させてから、
「お主は俺のものだ。」
「? あ、ああ。」
 何だか切迫したような物言いが気になって。何が何やらとその唐突さへ瞬きながらも、圧倒されるように即答を返したものの、

  “???”

 実を言うと勘兵衛の側では一向に話の流れが判らなかった…のも束の間のこと。彼の白い手を透かしているかつぎを見ていて、ああと気がつき。気がつくまでに時間が掛かったくせして、
“相変わらずに判りやすい奴よの。”
 との感慨と共に、向かい合った細い肩を宥めるようにポンポンと叩いてやる。

  「判った。どこへも嫁がぬし、攫われもせぬから。」

   ………はい?

 白い頬へと、手ぶくろを剥いでからの手を添わせてやれば、伸ばし過ぎの感がある、鬱陶しそうな前髪の陰、赤い眼が瞬いて、
「こんな仕立て、またあったら…その時は俺が。」
 今回みたいな駄々は捏ねないでの きっと必ずという固い決意の下、しっかと頷いたその真摯なお顔へ。その真剣さには悪いが…ついつい吹き出しそうになった勘兵衛だったのは、

  “花嫁の父になら、むしろ儂がなるべき心境なのだがの。”

 おおお、それはまた。
(笑) 白い紗をかぶっていた楚々としていた風情へか、それとも、いかにも“捧げ物です”と言わんばかりの“詰め合わせ状態”にあった姿へか、何かしら危機感のようなものを覚えてしまった久蔵殿だったと? まま、彼にしてみれば、自分から勘兵衛を斬って捨てたいという覚悟を固めるその日まで、髪の一条だって誰にも害させはしないという、全くの逆ベクトルにあたる固い信念を持ってもいる訳なのだから、

  ――― 誰にも渡さぬし何処へもやらぬ

 というのも、あながち奇矯な思い込みではないのかも。
「?」
「あ、いやいや。何でもないぞ?」
 ここで吹き出しては、純朴な彼が傷ついてしまうかもと、必死で堪えた惣領殿であったそうな。これもまた一種の“言葉の暴力”なのかも知れませんな。
(おいおい) とはいえど、何も久蔵からの一方的な求愛ではないのだというのも 今更な話であって。
“次と、簡単に言うてくれるが。”
 それへこそ、内心でこそり案じてしまう勘兵衛でもあり。

  “あまり歯ごたえのある相手とは引き合わせたくはないしの。”

 そやつを斬りたくての乗り換えなどされては敵わんと、実はこちらさんもまた、同じレベルでの心配は尽きないご亭であるらしく。どっちもどっちのお惚気をその胸へと温めて、過激だけれど、お相手へだけは十分甘い剣豪二人。何と言って語り合うでもないながら、視線を渡し合いの、意味深に微笑い合いのと、傍に居合わせた小悪党の一団さん方が“早く牢屋へぶち込んでくれ”と泣きそうになるほど、はた迷惑な甘やかさで、しばしの暇を埋め合っていたそうでございますvv



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  〜Fine〜  07.2.22.〜2.25.


  *ただ単に、
   久蔵殿ではなく、勘兵衛様が贄として入れ替わってたら笑えるだろうなと。
   そんなことを思いついてのお話でございましたvv
   (私信。Hさん、ご期待裏切ってしまってすいません。)

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